東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8176号 判決 1975年8月25日
原告
斉藤龍雄
被告
株式会社日光建設
主文
一 被告は原告に対し金三八九万五四八九円およびこれに対する昭和四七年一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決第一項は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は原告に対し金六七四万二、五〇六円およびこれに対する昭和四七年一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 事故の発生
訴外斉藤ふぢは、次の交通事故により内臓破裂等の傷害を受け、昭和四七年一月四日午後一時三〇分頃死亡した。
(一) 日時 同日午後一時一五分頃
(二) 場所 東京都台東区上野公園一丁目五九番地先路上
(三) 道路状況 右道路は当時いわゆる歩行者天国として車両通行禁止の交通規制がなされていた。
(四) 加害車 普通貨物自動車(練馬四四さ七九二九号)
右運転者 訴外原子兼助
(五) 態様 歩行中のふぢに後退してきた加害車が接触して同人を転倒させ腹部を轢過した。
二 身分関係
原告は亡ふぢの養子であり、同人の死亡に伴い同人の権利を相続により承継した。
三 責任原因
被告は加害車を所有して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
四 損害
(一) 葬儀関係費 三〇万円
亡ふぢの葬儀関係費用として六五万九、五八七円要したが、そのうち八万五、〇〇〇円は被告において立替払をしているので、右金額を控除した残額五七万四、五八七円のうち三〇万を請求する。
(二) 休業損害 一七万五、〇〇〇円
原告は印章業を営み一日当り二万五、〇〇〇円の利益をあげていたものであるが、ふぢの事故死に伴つて葬儀・法要等をとり行い、そのため七日間休業を余儀なくされ、この間の得べかりし利益一七万五、〇〇〇円を失つた。
(三) 逸失利益 一三二万六、〇九五円
亡ふぢは明治三〇年五月一六日生れで事故当時満七四才であつたが、当時なお家事に従事していたものである。したがつて、同人の逸失利益としては、昭和四七年度賃金センサスによるパートタイムを含む六四才以上の女子の平均給与月額四万三、三〇〇円の一二ケ月分に年間賞与として右給与月額の二・一五ケ月分九万三、〇〇〇円を加えた額を年収とし、生活費控除五〇パーセント、就労可能年数五年とし、右就労可能年数に該当する法定利率による複利年金現価係数四・三二九四を乗じて得られる一三二万六、〇九五円とするのが相当である。
(四) 慰謝料 六〇〇万円
原告がふぢと法律上の養子縁組したのは昭和一三年であるが、事実上の養親子関係に入つたのは昭和四、五年頃からであつて実親子以上の間柄であつたので、原告の受けた精神的苦痛は著しい。よつて六〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。
(五) 弁護士費用 一一二万三、七五一円
原告は本訴追行を原告訴訟代理人に委任し、既に昭和四九年九月九日には着手金および印紙、切手代として二八万円、同年一二月四日には追加印紙代として一万円、昭和五〇年六月二五日には調書複写代等として六、一八〇円を支払つているので、請求金額の二割に相当する一一二万三、七五一円を本件事故による損害として請求する。
五 損害の填補
原告は自賠責保険から二一八万二、三四〇円を受領した。
六 結び
よつて、原告は被告に対し四の損害額合計八九二万四、八四六円から五の填補額二一八万二、三四〇円を控除した残額六七四万二、五〇六円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年一月五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する被告の認否)
一 請求原因一、二の事実は認める。
二 請求原因三の事実のうち、加害車が被告の所有であることは認める。
三 請求原因四の事実のうち損害額に関する主張はいずれも争う。
四 請求原因五の事実は認める。
(抗弁)
一 運転者原子は事故当時被告に無断で事故車を運転して本件事故を惹起したものであるから、被告は事故車に対する運行支配、運行利益を喪失しており、自賠法三条に基く責任はない。
二 仮に被告に責任があるとしても、本件事故現場は車道幅員一四・五メートル、両側に約四メートルの歩道のある道路であるところ、事故現場から国立博物館寄り約三〇メートルのところには横断歩道が設置されており、また、当時事故現場附近の歩道上の二カ所でガス工事が行われていたにもかかわらず、被害者ふぢは右横断歩道を渡らずにわざわざ危険な工事現場に入つてきて横断したものである。さらに、約一〇キロメートルの速度で後退している加害車を避け得なかつたことからみても、被害者が左右を全く注意せずに横断しようとしたことは明らかである。なお、当時事故現場附近は車両通行禁止の交通規制がなされていたが、右ガス工事のため東京ガス株式会社において公園緑地事務所から口答で道路使用の承認を得、事故車等の工事用車両の通行についても公園入口の交番に連絡して承認を得ていたものである。
よつて、損害賠償額の算定に当つては、被害者の右過失を斟酌すべきである。
三 また、被告は本件事故に関連して左記のとおりの支払をしているので、右金額は損害額から控除されるべきである。
(一) 香典 一〇万円
(二) 棺(病院用) 二、三〇〇円
(三) 棺 三万円
(四) ドライアイス 三、五〇〇円
(五) ゆかた 二、五〇〇円
(六) 葬儀時のハイヤー代 五万五、六〇〇円
(七) 葬儀時に使用した被告会社の車のガソリン代 一万四、〇〇〇円
(八) 日本医大処置料 六、九八〇円
(九) 初七日香典 一万円
(一〇) 四九日香典 一万円
合計 二三万四、八八〇円
(抗弁に対する原告の認否)
一 抗弁一の事実は否認する。
二 抗弁二の事実のうち、被害者ふぢに過失があつたとの主張は争う。
三 抗弁三の事実のうち、(一)、(九)、(一〇)は香典であつて遺族たる原告に対する贈与としての性格を有するものであり、(六)、(七)は原告と事前の打合せもなく支出されたもので、原告にとつて不必要な支出であるから、いずれも本訴請求の損害額に充当されるべきものではない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
被告が加害車の所有者であることは当事者間に争いがないところ、被告は訴外原子の無断運転によつて運行支配、運行利益を失つた旨主張するので判断する。
〔証拠略〕を総合すると、被告はガス工事の下請等を業とする株式会社で、事故車の運転者である原子は被告株式会社に勤務している従業員であること、被告会社では緊急のガス工事等に備えて休日にも当直者を勤務させることにしており、事故当日も被告会社は正月休みで平常の作業はしていなかつたが、右原子と運転手一名が当直として勤務していたこと、ところが、右運転手が外出する被告会社社長を送つて出た留守中に東京ガス株式会社からガス工事の埋戻し用の砂を至急持つてきてもらいたい旨の連絡があり、再度催促の電話もあつたので、原子は運転免許はなかつたけれども運転の練習をして一通りの運転はできたので、自分で砂を運んで行くことにし、事故車に砂を積載して会社から事故現場まで運転し、埋戻し場所に事故車を寄せるため後退させている間に本件事故を惹起したものであることが認められる。
右の事実によると、原子は被告会社に勤務中に被告の業務のために事故車を運転していたものであるから、被告が運転免許のない原子の運転行為を厳重に禁止しており、原子が右被告の禁止に反して無断で事故車を運転したとしても、なお被告は事故車に対する運行支配を失つていないと認めるのが相当である。
したがつて、被告のこの点の抗弁は理由がないから、被告は加害車の運行供用者として本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 葬儀関係費用 三五万円
〔証拠略〕を総合すると、原告は印章業を営んでいるものであるところ、養母である(この点は当事者間に争いがない。)ふぢの事故死に伴つてその葬儀を喪主としてとり行い、葬儀当日の諸費用のほか、諸忌日の法事費用等として五〇万円以上の支出を余儀なくされ、また、これらの行事のため七日を下らない間休業を余儀なくされたことが認められる。
ところで、原告は葬儀費用とは別に葬儀等に伴う七日間の休業のため一日当り二万五、〇〇〇円、合計一七万五、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた旨主張している。しかし、〔証拠略〕によれば、原告方は店舗と住居が別で、原告と原告の妻が店舗に通つて営業していたが、印章の作成等の作業は自宅でもしていたことが認められるので、前記期間休業したとしてもその間自宅での作業も全て休んでいたとは考えられず、また、一日当りの平均利益についても、原告は本人尋問において一日当り三万ないし四万円の売上があつてその約半分が利益で、店舗の経費は家賃等を含めて一五万円位である旨述べているが、他方、昭和四六年度の申告所得額については記憶がないと述べていること等から考えると原告が事故当時の一日当り売上額および経費等の額を正確に記憶し、右記憶に基いて前記のような供述しているのかどうかは疑わしく、結局原告の一日当り喪失利益額を確定するにたる証拠はないことになる。
しかしながら、右休業損害をすべて否定し定額化した葬儀費用損害のみを認めることは、直系尊族が死亡した場合通常有給で相当期間の忌引休暇が認められている給与生活者と権衡を失することになり、また、喪失利益額を確定するに至る証拠は存しなくても、原告が前記休業のため相当額の得べかりし利益を喪失したであろうことは容易に推認できるので、この点は本件事故と相当因果関係に立つ葬儀関係費用の損害額を認定する際の事情として斟酌するのが相当である。
そこで、以上の事実に後記認定のふぢの年令、社会的地位等を併せ考えると本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用損害は三五万円と認めるのが相当である。
(二) 逸失利益 五七万八、〇八七円
(1) 〔証拠略〕を総合すると、亡ふぢは、明治三〇年五月一六日生れで事故当時満七四才の女性であつたが、いまだ健康で原告夫婦が店舗に出たあとの原告方の家事をとりしきつていたことが認められ、また、〔証拠略〕によれば、ふぢの死亡後は、原告の妻が家事をみなければならなくなつたため店に出られなくなり、そのために原告が得意先まわりをする回数が少くなつて売上が減少し、昭和四七年度は赤字の所得申告をするに至つたこと、その後、昭和四八年度においては原告の妻が努めて店に出るようになり、また、原告の子供も時々店を手伝うようになつたので、原告の得意先まわりの回数もふえて売上もかなり回復し、昭和四九年に原告の息子が学校を卒業して店を手伝うようになつてはじめて原告が自由に得意先まわりをすることができるようになつたことが認められる。
以上の事実によると、亡ふぢの逸失利益は、昭和四七年度賃金センサスによるパートタイムを含む六〇才以上の女子の平均月収四万三、三〇〇円を一二倍した額に年間の賞与その他の特別給与額一〇万二、二〇〇円を加えた六二万一、八〇〇円を年収とし、生活費を年収の五〇パーセント、就労可能年数を昭和四七、四八年の二年間とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息と控除して算出した額である五七万八、七〇九円(事故発生時の現価・円以下切捨)と認めるのが相当である。
(2) 原告が亡ふぢの養子であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告が亡ふぢの唯一の相続人であると認められるので、原告は右ふぢの逸失利益請求権を全部相続したものと認められる。
(三) 慰藉料 五〇〇万円
〔証拠略〕によれば、原告は昭和五年頃叔父夫婦である亡ふぢおよびその夫義高と事実上の養親子関係に入り、昭和一三年一〇月三一日には養子縁組の届出をして亡ふぢとは四〇余年間親子として共同生活をしていたことが認められるので、原告がふぢの事故死により多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは容易に想像されるところ、右原告とふぢとの身分関係、ふぢの年令等諸般の事情を考慮すると、原告の受けた右精神的苦痛を慰藉するためには五〇〇万円が相当であると認める。
四 過失相殺の主張について
被告は亡ふぢが近くにある横断歩道を渡らずにあえて危険な工事現場附近を横断し、横断に際して左右の安全を確めなかつた過失がある旨主張するが、当時事故現場附近の道路はいわゆる歩行者天国として車両通行禁止の交通規制がなされていたことは当事者間に争いがなく、そうだとするとたとえ工事のため加害車の運行が許可されていたとしても、歩行者が事故現場附近の車道全部を歩道と同様自由に通行できることに変りなく、また、〔証拠略〕によれば、事故現場は車道幅員一四・五メートル、両側に幅三・七メートルの歩道のある上野公園内の道路で、当時西側の歩道上の二ケ所でガス工事をしており、右歩道に沿つて三台の工事用車両が駐車していたことが認められるけれども、事故車とふぢの接触地点は車道中央線より東側であり、ふぢが工事のため危険な場所を歩行していたものとは認められないので、ふぢに本件事故発生に関し過失又はこれに準ずる落度があつたとは認め得ない。
よつて、被告の過失相殺の主張は採用し得ない。
五 損害の填補
(一) 原告が自賠責保険から本件事故による損害の賠償として二一八万二、三四〇円を受領したことは当事者間に争いがないので、右金額の限度で原告の損害は填補されたものと認められる。
(二) 被告は抗弁三の(一)ないし(一〇)記載のとおり本件事故に関連して合計二三万四、八八〇円の支払をしたので、右支払額は原告の損害に充当されるべきであると主張しているところ、原告は被告が右(二)ないし(五)および(八)の支払をしたこと、および右支払額の損害への充当を明らかに争わないので、これらの事実については原告が自白したものとみなされる。
そこで、(一)、(六)、(七)、(九)(一〇)の弁済について判断する。
(1) (一)、(九)、(一〇)の弁済について
これらはいずれも香典として交付したものであることは被告が自認しているところ、香典は遺族に対する贈与としての性格を有するものであるから、原則として損害填補の性格はなく、したがつて、(九)、(一〇)の各一万円は原告の損害に充当されたものとは認め得ないが、(一)の一〇万円についてはその金額からみて儀礼的範囲をこえていると考えられるので、葬儀費に対する一部弁済の趣旨で提供されたものと認めるのが相当であり、右一〇万円は原告の前記損害に充当されるべきである。
(2) (六)の弁済について
〔証拠略〕を総合すると、亡ふぢの葬儀の際に使用したハイヤーの代金五万五、六〇〇円を被告が支払つていることが認められ、右認定に反する証拠はない(なお、原告は右ハイヤーは原告と無関係に用意されたものであつて不必要なものであつたと主張し、これにそう供述をしているが、右供述は証人寺本登の証言と対比するとにわかに措信し難い。)。右事実によれば、右金額は葬儀費用の一部弁済として原告の前記損害に充当されるべきである。
(3) (七)の弁済額について
〔証拠略〕によれば、被告は亡ふぢの葬儀の際、社員を手伝に派遣し、車両も提供して会葬者の送迎等をしたことが認められるが、そのために使用したガソリンの代金が主張の額であることを認めるにたる証拠はなく、また、右車両の提供は社員の派遣と同じように儀礼的な行為であつて損害填補の性格を有しないものと認めるのが相当であるから、被告の主張は理由がない。
よつて、原告の前記損害は二三八万三二二〇円の限度で填補されていることになる。
六 弁護士費用
〔証拠略〕を総合すると原告は本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、既に着手金、印紙代等の費用として二九万六、一八〇円支払つているほか、取得金額の一〇パーセントの成功報酬の支払を約束していることが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が本件事故と相当因果関係のある損害として被告に支払を求め得る弁護士費用の額は三五万円と認めるのが相当である。
七 結論
そうすると、原告は被告に対し三の損害額合計五九二万八、七〇九円から五の填補額二三八万三、二二〇円を控除した残額三五四万五、四八九円に六の弁護士費用額三五万円を加えた三八九万五、四八九円およびこれに対する事故発生日の翌日である昭和四七年一月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 笠井昇)